大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(う)32号 判決 1971年10月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人小竹文平、同高柳潔をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に、被告人根本豊一、同三枝伸一をそれぞれ罰金三、〇〇〇円に処する。

右の罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

各被告人に対し、公職選挙法二五二条一項の規定を適用しない。

原審および当審(差戻前の控訴審を含む。)における訴訟費用のうち、原審証人村山一枝、同町田えみ子、同熊膳千恵子、同永井マサ、同加納ふみ子、同遠山サイに支給した分は被告人小竹文平、同高柳潔の連帯負担とし、その余のうち原審および差戻前の当審証人池田勇一に支給した分を除いたものは被告人四名の連帯負担とする。

理由

(控訴の趣意)

被告人らの弁護人島田正雄、同青柳孝雄、同秋山昭一、同鶴見裕策が連名で提出した控訴趣意書および右各弁護人が差戻後に提出した控訴趣意補充書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第七点のうち公訴棄却の主張について。

論旨は、本件公訴の提起は日本共産党に対する政治的弾圧のみを狙つたもので憲法一四条に違反するから、本件公訴は棄却されるべきものである、というのである。

しかしながら、一件記録および証拠物を検討すれば、本件における捜査の端緒は、捜査機関がことさら被告人らに目をつけて探知したことによるものではなく、被告人らが選挙人方を訪問した際、たまたま創価学会会員により被告人らの行動が捜査官憲に通報されたことによるものであることが認められるし、また、本件公訴を提起するについては、これを証明するに足りるだけの証拠が収集されていたことが認められるのであつて、その他諸般の情況からみても、被告人らが共産党員または同調者であるところから、検察官がことさらに日本共産党の組織に損害を与えその政治活動を権力をもつて弾圧する意図のもとに公訴権を乱用して本件公訴を提起するに至つたものとは認められない。したがつて、本件公訴提起が法の下の平等を規定した憲法一四条に違反して無効なものであるという論旨は理由がないというほかはない。

控訴趣意第一点について。

論旨は、要するに、原裁判所が被告人らの行為を公職選挙法一三八条二項および同法一三八条の二に違反するとしたのは、被告人らに対する予断、偏見に基づくものであり、また、憲法の要請する裁判官の良心を否定し、公正な裁判をふみにじるものであつて、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、一件記録を検討して考察するのに、原裁判所は、一九回におよぶ公判期日を重ね、当事者双方の主張、立証を十分尽させたうえ判決をしているのであつて、その審理の経過全般からみても、原裁判所において本件につき所論のような予断あるいは偏見をいだいていたことを窺わせる形跡はない。もつとも、原裁判所は被告人らの本件行為につき同法一三八条二項および同法一三八条の二を適用して被告人らを有罪としているのであるから、結局被告人らおよび弁護人の主張は採用されなかつたわけであり、所論はこの点をとらえて原裁判所に予断、偏見があつたと主張するもののごとくである。しかしながら、原判断が被告人らに不利益であつたからといつて、右裁判を目して直ちに予断ないし偏見をもつてなされたものと即断しえないことはいうまでもないところで、のちにも述べるように、前記各条項の解釈適用については政治活動の自由との関係において法律上問題の存することは所論指摘のとおりであるけれども、それは要するに法解釈の問題にほかならないのであつて、原判決の内容に徴してみても、原裁判所において被告人らが共産党員ないし同調者であることなどに基づく政治的な予断ないし偏見をいだき、その所産として右のような判決をするに至つたとの推測を可能ならしめる客観的事由はなんら見出すことができない。したがつて、また、原裁判所が憲法が要請する裁判官の良心を否定する不公正な裁判を行なつたと解する余地も存在しないのである。所論は弁護人独自の推断に基づくものであつて、とうてい採用しえない。

控訴趣意第四点および各控訴趣意補充について。

論旨は、原判決は事実を誤認し、公職選挙法一三八条の二の解釈適用を誤つた違法、さらに憲法三一条に違反した違法がある、というのである。

そこで、考えてみるのに、公職選挙法は、その一四章の三において、選挙の際において政党その他の政治団体の行なう政治活動について一定の規制をしている。これは、政党その他の政治団体が政治活動を行なうことは本来なんどきといえども自由であるべきであり、むしろ公職に就く者の選挙に際しては、一層その活動が活溌であることが当然であることにかんがみ、選挙期間中であつても政治活動を行なうことができることを明らかにするとともに、他面、次に述べるようにその政治活動は間接にはその政党その他の政治団体所属の候補者の当選に有利に作用する性質を有することがあるため、これを無制限に許すときは実質において選挙運動に近い効果を生ずることになりかねず、かたがたいずれの政党等にも属しない候補者との著しい不均衡を生ずるおそれもあるので、これに一定の規制を加えることとしたものと解される。それゆえ、政党その他の政治団体が政治活動として行なう諸種の行為は、それが単なる政治活動の域に止まるかぎりは、たとえ選挙期間中であつても、一四章の三の各規定の制限内においてこれを自由に行なうことができると同時に、およそ政党その他の政治団体の政治活動がその政党等の政策に共鳴しこれを支持する者の増加を図ることをその主要な目的の一つとしていることを考えると、その政治活動の結果として支持者が増加し、ひいてその政党等に所属する候補者の当選に間接に有利に作用することがあるのはその性質上認めざるをえないところであるが、それは政治活動に当然随伴する効果であつて、政治活動の概念と選挙運動の概念とを区別しこれに対する取扱を異にしている公職選挙法の建前からすれば、そのことを理由としてこのような政治活動が直ちに同法にいう選挙運動にあたると解すべきでないことは明らかである。

しかしながら、さらに考えると、右のように一四章の三の規定の上では本来自由であるべき政治活動であつても、特殊の状況のもとに行なわれ、あるいは特殊の態様で行なわれる等なんらかの要素が付加されて、単なる政治活動の域を越えることとなれば、公職選挙法のいう選挙運動たる性質をも帯びるに至り、同法一三章の選挙運動の制限に関する規定の適用を受けることもありうると解しなければならない。けだし、政治活動であつてもそれが同時に選挙運動たる性質を帯びることは十分考えられるところであつて、もしその場合にこれを自由に放任するにおいては、政治活動の名のもとに同章の規定による諸種の選挙運動の制限を免れることができることになり、これらの規定の存在を無意味ならしめるからである。

ところで、しからば政党その他の政治団体の政治活動がいかなる場合に選挙運動たる性質を帯びるかというと、従来、選挙運動の定義としては、一定の議員候補者を当選させるため投票を得または得させるため直接あるいは間接に有利な諸般の行為をなすことをいい、直接に投票を得または得させる行為に限定されないとされているのであるが(大審院昭和四年(れ)第九八一号同年九月二〇日第一刑事部判決、刑集八巻四五〇頁、同昭和二年(れ)第一四八九号同三年一月二四日第一刑事部判決、刑集七巻六頁等参照)、少なくとも政党その他の政治団体の政治活動としてなされた行為については、前にも述べたようにそれがその性質上結果においてその所属候補者の当選に有利に作用することがあるのにもかかわらず本来許されていることにかんがみれば、この定義を文字どおり広く適用すると政治活動もまた当然選挙運動に該当することとなつて、明らかに法の趣旨を没却するに至るから、右の定義中の「間接に」という文言はその点を考慮し限定して解釈する必要があるといわなければならない。すなわち、その行為が単にその政党等の支持者の増加を図りひいてその所属候補者の当選に有利に作用するという程度のものであるならばそれは単なる政治活動であると解すべきであり、その行為がその程度を越え、特定の候補者への投票により強く結びつくような形態をとつた場合にはじめて選挙運動たる性質を帯びるに至ると解するのが相当である。

そこで、以上述べたことを前提として本件で問題とされている署名運動についてみると、公職選挙法はその一三八条の二に署名運動禁止の規定を置いているのであるが、政党その他の政治団体が選挙期間中に政治活動の一つとして署名運動を行なつても、それ自体は、禁止されていないこと同法一四章の三(本件の場合は二〇一条の六)の規定からみて明らかであり、かつ政治活動と選挙運動との関係につき前述したところよりすれば、政党等の政治活動としてなされた署名運動についても、それが前記法条による禁止の対象となるのは、単なる政治活動の程度を越えて選挙運動の性質を帯びるに至つた場合に限ると解すべきであり、右一三八条の二がその禁止する署名運動を「選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて」するものと限定して規定しているのもこの趣旨を明らかにしたものと解される。

次に、では署名運動はいかなるものが選挙運動たる性質をもつかについて考えてみなければならないわけであるが、およそ署名運動とは、一定の目的をもつて署名を収集する行為を指すのであつて、その内容は要求、請願、抗議その他多岐にわたるけれども、いずれにしてもその場合の署名は一定の内容をもつた意思表示たる性質を有するものである。そして、この点に着眼すれば、特定の候補者を支持しまたはこれに投票する旨、あるいはこれを支持せずまたはこれに投票しない旨のなんらかの形での意思表示を内容とする署名を求める行為がここで禁止される署名運動に含まれることは疑いがない。けだし、この場合は、口頭の意思表示の場合と比較して、署名者が自らのした署名という形による意思表示に自ら心理的に拘束される度合が強く(多くの場合、署名運動が多数人の署名を連記する署名簿によつて行なわれ、その結果各人の署名したことが他の者にも了知される関係にあることにも注意する必要がある。)、選挙人の自由な意思による投票を妨げ、特定候補者に対する投票に強く結びつく危険があると考えられるからである(名古屋高裁昭和三五年一一月三〇日判決、刑集一三巻九号六四五頁参照)。したがつて、この種の型の署名運動は、それ自体すでに単なる政治活動であるということはできず、まさしく特定候補者のための選挙運動たる性質を有するものといわなければならない。そして、この種の署名運動は、その署名する事項が特定の候補者の投票に関することを内容としていることを必要とする反面、そのような事項を内容とするものである限り、これを行なう場所および時期等のいかんにかかわりなく、前記の規定によつて一般に禁止されていると解すべきである(これを第一の型の署名運動という。)。

しかしながら、さらに考えてみると、法が署名運動を禁止している趣旨はこれのみに尽きるものではないと解される。署名運動の本質は、右に述べたように署名という形式による各人の意思表示を収集するところにあるのであるが、同時に、それは、署名運動を主催する者がその内容をなす事項を熱心に推進していることを相手方(署名を求める相手方)に印象づける効果を伴うことも否定しがたいところである。たとえば、本件で問題となつている政党名の物価値上げ反対の署名運動についていえば、この署名運動自体が相手方に対し、その政党が物価値下げに熱意を有し熱心にこれと取り組んで活動しているとの印象を与えることは確かだといわなければならない。もつとも、それだけのことであれば、これは署名運動一般に共通のことであつて、それにより同党に対する支持者が増え、それが間接に同党所属の候補者の当選に有利に働くことがあつても、同じことは政党その他の政治団体の許された他の政治活動についてもいえることであるから、これをもつて直ちに同法一三八条の二の禁止する署名運動だとはいうことができないであろう。たとえば、駅前広場その他の公共の場所においてこの種の署名運動が行なわれても、それは前述した許された政治活動に属し、禁止さるべき筋合いのものではないと解される。しかし、署名運動のもつ右の効果にかんがみると、これに他の要素が付加され結びついた場合においては、特定の候補者に投票を得しめるための選挙運動たる性質を帯びやすいことも認めざるをえないところで、もしそれが右のようにして選挙運動たる性質を有するに至り、しかもこれを戸戸について行なうということになれば、それは同法一三八条二項が同条一項の戸別訪問に該当するものとみなしている政党その他の政治団体の名称を戸別に言いあるく以上の効果があるともいうことができる。そして、右のように政党その他の政治団体の名称だけを戸別に言いあるく行為すら公職選挙法が禁止していることを考えると、本件のような署名運動が選挙運動の性質を帯びる場合にこれを戸別に行なうことも、これを禁ずるのが同法の趣旨に合致すると解すべきであり、換言すれば、同法一三八条の二が署名運動を禁止している趣旨の中には、このように戸別訪問の禁止を免れることとなる場合をも考えて、この種の署名運動(これを第二の型の署名運動という。)をも禁止する趣旨をもあわせ包含していると解するのが相当であつて、このことは、同条が新たに設けられた際の国会における論議からも窺われるところである。また、本件につき上告審判決が第一次控訴審判決を破棄した理由のうちに法令の解釈適用の誤りが挙げられているが、それはこの趣旨を暗に含むものとも解されないではないのである(なお、控訴趣意補充の中には、戸別訪問禁止の規定の違憲をいう部分があるが、この規定が違憲であると解されないことは、最高裁判所のしばしばの判例に示されているとおりであるから、この主張は採用しがたい。)。

ところで、いま、本件についてこれをみるのに、被告人らのした署名運動(ただし、後記無罪とすべき行為を除く。)は、単に日本共産党名をもつて物価値上げ反対運動に賛同する旨の署名を集める形態のもので、これに署名する者をして野坂参三に投票しなければならぬとの心理的拘束を与えるような性質のものであるとは認めがたいから、前記第一の型に属する署名運動であるとはいえない(現に、各署名者が証人として述べているところによつても、その署名をしたことによつて署名者が野坂参三候補に投票しなければならないとの心理的拘束を受けたというような事実は認められない。)しかしながら、本件の署名運動が署名を求める相手方である選挙人に対し日本共産党が当面一般庶民にとつて関心の深い物価問題に熱意を有しこれと熱心に取り組んで活動しているとの印象を与える作用を有するものであることはすでに指摘したところから明らかであり、このことと、

(イ)  当時参議院議員通常選挙に東京地方区で日本共産党から立候補した候補者は野坂参三一人であり、その政見の中には右署名運動により賛同を求める項目と同旨のスローガンが掲げられていたのであるから、署名を求められた者がこれによつて野坂候補を連想するのは自然であり、なお、その際単に署名簿に日本共産党の党名が印刷されていただけでなく、さらに口頭で運動の主体たる同党の党名をその都度言つたことは、右の連想を一層強める作用をしたと考えられること(なお、一言すれば、当審における事実の取調の結果によると、右の選挙において物価値上げ反対の趣旨のスローガンを政見として掲げた候補者は野坂候補一人ではなく、他の何名かの候補者も同旨のスローガンを掲げていたことが認められる。しかし、右に述べた趣旨からすると、日本共産党が物価問題に熱意を有することを印象づけることと野坂候補が同党唯一の候補者であり、しかも同旨の事項を政見に掲げていることとの結びつきが重要なのであつて、他の候補者が同じような政見を掲げているかどうかは右の判断にとつては重要ではない。)、

(ロ)  この署名運動が行なわれたのは投票日である七月一日にきわめて接近した六月二六・二七・二八日のことで、署名を求めた相手方はすべて選挙権者またはその家族であるから、これらの者としてはこの運動と選挙とを結びつけて考えやすい状況にあつたと認められること、

(ハ)  この戸別に署名を求めた際購入してもらう目的で携行し、現に一部の相手方には購入を求めた昭和三七年六月二三日付アカハタ号外には第一面からほとんど全面的に野坂候補の写真、政見、これを推薦する趣旨の記事など同人の選挙に関する記事が掲載されていて、これを示された相手方としては、この号外と署名を求める行為とを関連させて、暗黙のうちに野坂候補への投票を依頼に来たと考える可能性もあり、そうでないとしても、このアカハタ号外は署名運動を野坂候補に直接結びつける印象を与える作用を営むものであることは否定できないところで、このような号外を同時に販売する目的で携行したことは本件署名運動を単なる政治活動以上のものたらしめていると考えられること、

(ニ)  以上のことにあわせて、この署名運動が公開の場所で行なわれたのではなく、各戸の屋内でいわば一対一の関係で行なわれたもので、その行為が相手方に与える前記のような印象は比較的強かつたと考えられること、

(ホ)  被告人らが本件の署名運動をするに至つた動機は、野坂候補の票読みをした際、今の状勢では野坂候補の当選が楽観を許さないということから、同候補への票をふやすためであつたと認められること

を総合して判断すると、この署名を求めた行為は、単なる政治的活動の域を越えて、特定の候補者である野坂候補への投票により強く結びつく選挙運動の性質を帯びるに至つたとみるのが相当で、このことは、その相手方の中に被告人らの行為が選挙に関係していると感じた者がかなりあつた事実からも裏づけられるところである。

もつとも、右のようにその行為が選挙運動と解されるとはいつても、それはその形態および効果においてかなり間接的なもので、その選挙運動性が濃厚な部類に属するものとはいえず、また、被告人らのこれに対する違法の意識の程度も比較的低かつたものと認められる。しかしながら、それにもかかわらずその行為が選挙運動たる性質を有すると解される以上は、このような行為を戸別に行なつたことは、同法一三八条一項の戸別訪問の禁止と同じ趣旨での前述の第二の型の署名運動にあたるといわざるをえず、また、その行為が選挙運動と認められることと前記(ホ)で述べたような被告人らの本件署名運動の動機・目的とからみれば、被告人らに野坂候補に投票を得しめる目的があつたものと解するに妨げないから、被告人らのした本件署名運動を同法一三八条の二に違反するとした原判決の判断は要するに正当であつて、この点に事実誤認、法令の適用の誤りがあるとする論旨は理由がないといわなければならない。

なお、所論は、被告人らの本件所為に同法一三八条の二を適用した原判決は憲法三一条に違反するというのであるが、原判決は別に刑罰法規の拡張解釈ができるという判断を示しているわけではなく、所論は要するに公職選挙法一三八条の二の構成要件を不当に拡張解釈をした法令適用の誤りがあるというに帰するものであるから、右の点をとらえて憲法三一条に違反するという論旨も理由がない。

控訴趣意第三点および各控訴趣意補充について。

論旨は、原判決は事実を誤認し、公職選挙法一三八条二項の解釈適用を誤つた違法、さらに同条項の構成要件を無限に拡大適用して憲法三一条に違反した違法がある、というのである。

公職選挙法一三八条二項は、「いかなる方法をもつてするを問わず、選挙運動のため、戸別に、演説会の開催若しくは演説をを行なうことについて告知をする行為又は特定の候補者の氏名若しくは政党その他の政治団体の名称を言いあるく行為」を同条一項に規定する禁止行為すなわちいわゆる戸別訪問に該当するものとみなしてこれを禁止しているのであるが、この規定の適用にあたつても、その行為が政党その他の政治団体の政治活動としてなされたものであるからといつて当然これにあたらないとはいえないこと、およびそれが単なる政治活動の範囲内に止まる場合にはこれに該当するものではなく、それが選挙運動たる色彩・性質を帯びるに至つた場合にはじめてその適用の対象となると解すべきことは、前の論旨に対する説明の中で述べたのと全く同一であり、ことにこの規定ではその行為が「選挙運動のため」すなわち選挙運動としてなされる必要のあることが明示されていることからみて、そのことは一層明瞭である。

ところで、まず、右の規定がその所定の行為を禁止している法意を考えてみるのに、それは、その規定の位置およびその規定の体裁からみれば、そこに規定する行為を同条一項のいわゆる戸別訪問に準ずる行為とみたものであることは明らかで、要するにそれは、戸別に選挙運動としてその所定の告知もしくは言い歩きを行なうことが、戸別訪問の場合と同様の弊害を伴うところから、これを禁止したものと解される(いわゆる戸別訪問の禁止が違憲といえないことは、前に述べたとおりである。)。それゆえ、この法意からすれば、その行為の形態が所論のように戸外から一方的に呼びかける行為に限られるとはとうてい解することができず、通常の訪問の形態によるものも当然そこに含まれるものとしなければならない。

次に、同項が規定する告知をしまたは言いあるく行為について考えてみると、これらの行為が選挙運動として行なわれたのでなければならないことは前に述べたとおりであるが、その行為がはたして選挙運動たる性質を有するかどうかは、個々の行為につきその行為の内容、行為の行なわれた際の状況、これと合わせてなされた行為など諸般の事情を総合して判定せらるべきもので、あらかじめ一律にその行為の型を定めることはできないというべきである。所論は、この点に関し、「名称を言いあるく」とは、行為者の具体的な働きかけとこれに影響された相手方の具体的な投票行為とが結びつく程度に確然とした積極的なものでなければならないから、単に訪問者が党名を言うだけでは足らず、「○○党に投票して下さい」という程度に明瞭な形で行なわれなければならない、と主張する。しかしながら、もし所論のように「投票して下さい」とまで言つたとすれば、それはむしろ本件の場合同条一項の戸別訪問にあたるとも解されるのであつて、同条二項が党名を言う以外に右のような文言を言うことを必要としていないことは明らかであるから、右の所論は採用するわけにはいかず、また、その政党等の名称を言いあるく行為というのは、その名称のみを言いあるく場合に限らず、他の行為に付随して名称を言いあるく場合をも含むと解されるから、署名運動等の別の行為を行なうにあたつてその主体を伝えるために言つたからといつて、そのことから直ちにその行為が同条項にいう「名称を言いあるく行為」にあたらないともいえない。要は、その行為が選挙運動とみられるかどうか、その点によつて決まるのである。

そこで、本件において被告人らが戸別に日本共産党の名称を言いあるいたとされている行為について考えてみるのに、それは党名だけを言いあるいたものではなく、原判示署名運動を行なう際にその運動の主体を明らかにする意味で言つたものと認められる。ところで、右の署名運動は、前の論旨に対する判断の中で説明したように、単なる政治活動の程度を越えた選挙運動の性質を有するものと認むべきであるが、この署名運動と日本共産党の名称を言つてあるいたこととの間に密接不可分の関係があつて一体をなしていることは前に述べたところから明らかであり、いいかえれば、この党の名を言いあるいた行為は本件の場合署名運動を含めた選挙運動行為の一環をなすといわなければならないから、やはり選挙運動たる性質を有するというのほかなく、これによつてみれば、被告人らの行為はまさしく「選挙運動のため、戸別に、………政党………の名称を言いあるく行為」にも該当するといわざるをえない(ちなみに、同法一三八条の二の構成要件の中には政党等の名称を言いあるくことを含まれておらず、政党名などを言いあるかないで同条違反の署名運動をすることも可能であるから、政党の名称を言いあるいた原判示所為は署名運動の罪の中には吸収されず、一応別罪を構成するものと解される。)。そうであるとすると、被告人らの党名を言いあるいた行為が同法一三八条二項に違反するとした原判断もまた正当だといわなければならない。

なお、所論は、原判決は公職選挙法一三八条二項の構成要件を無限に拡大して適用したもので憲法三一条に違反する、というのであるが、この論旨の理由のないことはすでに控訴趣意第四点に対する判断の末尾において述べたところによつて明らかである。

控訴趣意第二点について。

論旨は、原判決は被告人らに対し公職選挙法一三八条二項、一三八条の二を適用しているが、本件では被告人らの内心の意思・意図が処罰の対象とされているといわざるをえないから、憲法一九条に違反し、外形的行為が違法でないのに処罰の対象となつた点で憲法二一条、三一条に違反し、被告人らが共産党員ないしは支持者であつたことからことさらに選挙運動をしたものとして問題にされているという点で憲法一四条に違反する、というのである。

しかしながら、思うに、目的犯と呼ばれる犯罪において主観的要素である内心の目的が行為を違法ならしめまたはその違法性を強度ならしめるものであることは認めざるをえないところであるが、その場合でも主観的要素によつて違法となりまたは違法性の強められた外部的行為が行なわれることによつてはじめて行為者が処罰されるのであつて、外部的行態にあらわれない内心の状態・思想そのものを処罰の対象とするのとは全く場合を異にするのである。ことに、本件で問題となつている公職選挙法一三八条二項および一三八条の二についていえば、すでに説明したように、その行為が選挙運動たる客観的性質を有することが行為自体および諸般の情況上認められることを要するのであり、これが戸別に行なわれたという客観的事実と結びついて違法とされるのであるから、決して単なる投票を得しめる目的などの内心の意図だけによつてその行為が違法となるというようなものではない。それゆえ、これらの法条を適用したことが思想および良心の自由をおかすものでないことは明らかであつて、憲法一九条に違反するとの論旨は理由がなく、また、外形的に違法でない行為を処罰する点で憲法二一条、三一条に違反するとの論旨もその前提を欠くものといわざるをえない。なお、これらの規定がその性質上行為者の所属政党・支持政党のいかんにかかわらずこれに該当する事実があれば適用さるべきものであることはいうまでもなく、被告人らの本件所為に対し原判決がこれを適用したのも、その行為がこれに該当すると判断したからであつて、被告人らが共産党員ないし同党の同調者であつたためであるなどとはとうてい考えられないから、憲法一四条違反の論旨もまた採用するによしない。

控訴趣意第五点について。

論旨は、原判決が訪問先を吉永久子、被訪問者を池田勇一とする事実(原判決添付の別紙一覧表その三の2)につき公職選挙法一三八条二項および同法一三八条の二を適用したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで、一件記録を検討し、当審における事実取調の結果を参酌して検討してみるのに、所論の右事実は、被告人らにおいて自発的かつ任意に吉永方を訪問したものでなく、民生福祉住宅内の創価学会員である居住者らによつていわば強制的に右吉永方に連れ込まれ、いわゆるつるし上げを受けたものであることが明らかである。ところで、公職選挙法一三八条二項および同法一三八条の二は、いずれも自己の意思により任意に右各条項規定の行為を行なうことを禁止しているものであることはいうまでもないところであるから、原判決がこの行為を前記各条項に違反するものとしたのは、事実を誤認したか、あるいは法令の解釈適用を誤つたかのいずれかであるといわなければならない。しかしながら、本件においては三日間にわたり原判決添付の別紙一覧表(その一ないし三)記載の二一戸(母子住宅、帝都自動車社宅、民生福祉住宅)(ただし被告人根本、同三枝については二日間にわたり一五戸)を戸別に訪問して行なつた行為が起訴されているのであつて、右の一連の行為は包括一罪を構成するものと解すべきであるから、他の行為が有罪である以上論旨の指摘する行為については主文において特に無罪の言渡をすべきものではなく、また、その行為が前記のように多数の行為の中の一つにすぎない点からみれば、原判決の前記の誤りは刑の量定に明らかに影響があるとも考えられない。これを要するに、原判決には事実誤認または法令適用の誤りはあるけれども、右は判決に影響を及ぼすことが明らかでないといわざるをえないから、結局論旨は理由がない。

控訴趣意第六点について。

所論は、原判決の挙示する佐々木茂、被告人根本、同三枝の検察官に対する各供述調書は任意性、信憑性を欠き、原審証人湯浅秀夫、同佐々木茂の各証言は信用性がないので、被告人小竹、同高柳と被告人根本、同三枝らとの共謀を認定した原判決は事実を誤認し法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで、一件記録および証拠物を検討し、当審における事実取調の結果を参酌して考察してみるのに、右佐々木、被告人根本、同三枝の検察官に対する各供述調書には格別その供述の任意性を疑うべき事由も見出されず、また、これらの供述と他とを対比検討すれば、その信用性もまた十分これを認めることができる。そして、右各供述調書および各証言と原判決挙示の関係証拠とを合わせ考えれば、被告人高柳、同小竹が被告人根本、同三枝および佐々木、湯浅に対し原判示のようにそれぞれ述べて本件の署名運動をすることを求め、被告人根本、同三枝らもこれに応じてこれを行なうことを決定したことを認定することができ、一件記録を検討し、なお当審における事実取調の結果を参酌してみても、右の認定が誤認であることを疑わせるに足りるものは見出せない。そうしてみると、原判決がこれによつて本件犯行の共謀が成立したとみたのは正当であるから、この点につき事実誤認、法令の適用の誤があるとの論旨は採用することができない。

控訴趣意第七点のうち量刑不当の主張について。

論旨は、被告人らに対する原判決の量刑はいずれも重過ぎて不当である、というのである。

そこで、一件記録および証拠物を検討し、当審における事実取調の結果を参酌して諸般の情状を考察してみるのに、被告人らの本件所為はさきに詳述したように公職選挙法上許された政治活動の範囲を越えた違法な選挙運動だとみざるをえないのであつて、その刑事責任は免れがたいところであるが、その行為はいわゆる買収事犯のような実質的な害悪を伴う悪質な事犯とは全く類型を異にするいわゆる形式犯に属するものであるばかりでなく、その行為の形態をみるのに、直接特定候補に対する投票を依頼する戸別訪問などに比しその効果は間接的であつて、選挙人に与えた影響も弱く、要するに選挙運動としても比較的程度の弱いもので、選挙の自由・公正に実質的な害悪を及ぼすというほどのものではなく、その違法性の程度は形式犯としても比較的に低いものであるといえるし、被告人らの本件行為の違法性についての認識も薄かつたものと認められるのである。そして、これらのことと、被告人らはいずれもそれまでに選挙違反の前歴が全くないこと、その他被告人のために酌量すべき諸般の事情を合わせ考えると、被告人らに対する原判決の量刑は重きに過ぎて不当であると判断されるので、原判決はこの点において破棄を免れない。それゆえ論旨は理由がある。

以上の次第で刑訴法三九七条一項、三八一条を適用して原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、さらに本件各被告事件について判決をする。

原判決の確定した事実(別紙一覧表その三の2の事実を除く)に法令を適用すると、被告人らの原判示各所為のうち戸別に政党名を言いあるいた点は包括して公職選挙法一三八条二項にあたるから同条一項に違反することとなり、刑法六〇条、公職選挙法二三九条三号に該当し、署名運動の点は包括して公職選挙法一三八条の二に違反し刑法六〇条、公職選挙法二三九条四号に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名にふれる場合であるから、刑法五四条一項前段・一〇条により一罪として犯情の重い署名運動禁止違反の罪の刑で処断することとし、各被告人につき所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人小竹、同高柳をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に、被告人根本、同三枝をそれぞれ罰金三、〇〇〇円に処し、この罰金不完納の場合における労役場留置につき刑法一八条、公職選挙法二五二条一項の規定を適用しないことにつき同条四項、原審および当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文・一八二条をそれぞれ適用して、主文第三項から第五項までのとおり言い渡すこととする。

なお、本件公訴事実中原判決別紙一覧表その三の2に相当する部分については、前に説明したところから明らかなようにその犯罪の証明がないが、右は有罪とされたその余の事実と包括一罪をなすものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

(中野次雄 藤野英一 粕谷俊治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例